「新 中國鉄道案内記」その1


山陽新報「中國鉄道案内記」より

●中國鉄道:岡山市を起点とし鳥取県西部の米子港を終点とするものが中國鉄道株式會社が最初に計画した路線である。今まさに、起点より56km余ができあがり、美作の津山まで至った。全体の三分の一強である。(※この時点では、米子へ至る路線の一部としての位置づけであった。蒸気機関車にテンダー車が導入されていたのも、その企てが窺える)

◎発起人:437名で、総代は杉山岩三郎氏として、東京の三氏、大阪は三十四氏、香川県三名、愛知県八名、愛媛、和歌山、兵庫は各一名、その他はすべて岡山県の皆さんで三百八十三名の方々である。

◎創業会:明治二十八年十二月十八日発起人の皆さんが一同に会し、杉山氏を総代として願書を差し出したところ、免許状は二十九年四月三十日におりた。

◎起工式:起工式は、明治三十年七月二十八日である。何故、起工式迄時間がかかったかは、敷地買収が非常に難しかった為である。

◎試運転式:11月二十五日に行われた。この日は貨車(土運車とある)にお客さんを乗せて走った。機関車の吐き出す煙で皆顔を真っ黒にした。客車が到着し、その試運転は十二月十二日であった。

◎成工検査:逓信省技師による検査が全線を往復して行われ、鉄橋の撓み橋脚の構造等精密に調査が無事終了したのは、十六日だった。

◎軌条:平底のピグノール軌条で、英国のボーコンボン製造会社製(※日本では官設の八幡製鉄所が操業を開始したのが1901年、釜石鉱山田中製鉄所が1887年とある)軌間は普通通り

3フィート6インチ 1067mm(※所謂狭軌。さらに軌間の短い762mmの特殊狭軌線の所謂軽便鉄道があり、これらが、岡山県内では、井笠鉄道や、下津井電鉄。両備Gの西大寺鉄道のそれは914mm)。ここでは関係ないが、レールは列車が30万回~50万回通過すると摩耗して使えなる。

◎機関車:英国ナス、ミス、ウイルソン社製で長さ、およそ7.1m、幅は2.2m余、高さ3.4m余り、重量は21トン余り(C11のそれは、L:12.6m、H:3.9m,weight:66t)

客車:車両、付属鉄物は英国製を取り寄せて、組み立てと木工は東京の鉄工所でおこなった。(この頃は、木製客車であり、後年安全性、モノづくり力の向上で、半鋼製車、鋼製車へと推移していく) L:8余、W:3.3m、H:3.5m、重量5tで定員が2等車32人、3等車50人

◎緩急客車(ブレーキ操作ができる客車):定員は40人長さは7.1m余

◎貨車:有蓋、無蓋、緩急有蓋、無蓋とも、鉄物は英国から取り寄せ組み立て。積載重量は、7t、車両は4t~4.5t     会社概要等は、<その2>へ

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