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写真は片上鉄道保存会さん了解済

◎昭和初期製造のガソリンカー(後にディーゼルに換装)が動態保存されている。(日本最古の動態保存車)

◎しかも、動く車両に乗車できる(毎月第一日曜日。「片上鉄道保存会」の皆さんにより、車両、軌道が整備されている)

◎動態保存車には、旧型客車や、貨車もあり、旅客輸送+貨物(鉱石)輸送を顧みれる

鉱山資料館が併設されており、柵原鉱山・硫化鉄鉱の採掘、輸送の歴史、当時の暮しを目の当たりにできる

柵原鉱山の歩み・片上鉄道建設着手への途

柵原ふれあい鉱山保存車両ガイドブック、Wikipedia等を参照

「硫化鉄鉱」と歩んだ、片上鉄道。久米郡美咲町(旧柵原町)の柵原鉱山は、東洋一の埋蔵量を誇る硫化鉄鉱の鉱山でした。慶長年間から鉱床が地表に露出していたことからその存在は知られていたようですが、その活用は、明治時代まで時を要しました。 

 当初は、化学工業が未発達だったこともあり、用途が限られていましたが、硫酸の生産が可能となり需要が増しました。又元来、鉄の硫化物であることから、製鉄にも供された様です。当初は幾つかの小事業体での採掘が行われ、戦争等の社会的要因で栄枯盛衰を繰り返しましたが、一つのエポックとなったのが、藤田組(藤田財閥)(後の同和鉱業)の柵原鉱山の買収でした。

藤田組は、児島湾干拓事業、山陽鉄道等にも係り岡山にはゆかりのある事業体(財閥)でした。1916年(大正5年)買収後、資本力を盾に鉱床の綿密な調査、採掘設備の増強を行い。硫酸の旺盛な需要にも支えられ、採掘は増大していきました。​

片上鉄道の建設・開業への途

​ そこで、問題となってきたのが、輸送手段でした。当時は、吉井川の高瀬舟により、河口の九蟠から海上輸送、或いは和気から山陽鉄道で運ばれていましたが、以下の様な状況で需要に十分に対応できるものではなく、輸送の改善が喫緊の課題でした。

①農業用水取水時に、水量が減り高瀬舟の航行が制限される。②往復(遡り)に多くの時間を要す。③鉱石を俵に詰める為輸送効率が悪く・コストが大となった。 その為、大正8年に自治体に藤田組が参画、片上鉄道㈱を創立、10年に起工式をあげ、片上~和気、和気~矢田、矢田~柵原と​順次開業し、昭和6年には、片上~柵原が全線開業しました。(陣容は機関車5輌、ガソリンカー3輌、客車7輌、貨車87輌。

因美線の全線開業は昭和7年、姫新線は昭和11年。)

柵原鉱山・片上鉄道の隆盛、そして閉山・鉄道廃止

 戦後、食料生産増大に呼応して窒素肥料(硫酸アンモニウム)の原料となる硫酸増産の為、さらに硫化鉱が必要とされ、国策として増産に取り組む拠点とされ、柵原鉱山は正に戦後復興期の寵児でした。1960年代のことです。

 片上鉄道も、ディーゼル化に取り組み昭和43年には無煙化、昭和47年には自動閉塞化(津山線は無煙化昭和47年、自動閉塞化は昭和57年)、軌道も重量積載貨物に対応する為かコンクリート枕木が使用されるなど、先取的取り組みがなされていました。

 ところが、1970年代に入り、石油精製時に、副次的に硫黄が得られることで、硫化鉄鉱が必要とされなくなると、一挙に、生産量減少、事業縮小を余技されなくなりました。貨物量の削減に加え、元々​人口希薄地域であったこと、マイカーの普及等が追い打ちをかけ、

鉱山の衰退と共に、昭和62年には鉄道廃止の方針を公表。存続に向けて観光鉄道化のプランなどが検討されたものの、平成3年(1991年)に鉱山の閉山と同年廃止されました。

柵原鉱山・片上鉄道の保存・活用施設

柵原ふれあい鉱山公園(岡山旅ネットへリンク):柵原鉱山、片上鉄道、暮し等を展示した鉱山資料館と旧吉ヶ原駅構内の留置線に多くの車両が展示され、2014年に整備された「幸福柵原駅」との間で旧型キハで展示運転が実施されています。

​▢片鉄ロマン街道(岡山旅ネットへリンク):片上鉄道の線路跡を、サイクリングコースとして整備されています。

▢坑道農業:温湿度が一定であることから、ワインや、味噌の保存、「黄ニラ」、茸類の栽培が農業公社により行われています。

ハイポキマン​走路やなはら​(竹中工務店のページにリンク):脱酸素機器を備え、低酸素環境の高高度条件で走る体験のできる施設です。

​※坑道見学会:上記、坑道農業とハイポキマン走路の施設見学が、展示運転日(第一日曜)にできます。

■坑道排水の中和処理:坑道から出る酸性水の中和処理及び、脱水によりできる鉄化合物の製品化が同和HDのグループ企業により行われています。

左のボタンをクリックするとGoogle Mapが表記されます

 

「幸福物語」の美咲町の「柵原ふれあい鉱山公園」のページはこちら

公共交通:中鉄北部バス利用(津山BC➡吉ヶ原)時刻表はこちら(土日は減便になるので注意!)

(岡山からは、宇野バス利用で、高下乗り換え(上記中鉄北部バス)ルートもあるようですが、便数、連絡等は要check)

👂2017年4月~9月の第一土曜、日曜に「津山まなびの鉄道館」との間にリレーバスが運行されました。

車利用:中国道津山IC➡左折(岡山方面)➡今津屋橋東を左折(柵原方面)県道26号(津山・柵原線)を吉井川右岸を何か。藤原で道なりに「ふじはらばし」で吉井川を渡る➡「案内表示あり」まもなく左手に吉ヶ原駅舎跡があります。岡山からも美作方面に進み、「高下」を左折すると県道26号に入ります。※上記Google Mapで確認ください。

吉ヶ原駅舎(国の有形登録文化財)

公園内に展示されている高瀬舟の模型

操車場跡地には、ディーゼル機関車、気動車、貨車の姿が・・

キハ312:片鉄オリジナル昭和28年製ガソリン機関。31年ディーゼル化。42年液体変速機化。

柵原鉱山資料館(鉱山、高瀬舟、片上鉄道、当時の暮らし等)

吉井川の高瀬舟(柵原鉱山資料館提供)

DD13-551。国鉄の入換、小運転用型式と同じだが出力200PSアップ

キハ702:昭和11年鉄道省製ガソリン機関42029。昭和27年ディーゼル化・液体変速機化。42片鉄へ

ホハフ3002:国鉄のオハ351227として姫新線等で使用。譲渡後車掌室設置

キハ303:昭和9年鉄道省製ガソリン機関41071。昭和28年復旧・修繕後片鉄へ、31年ディーゼル化、43年液体変速機化。

貨車トム519と鉱石を積むシューター

​展示日の吉ヶ原駅で列車に乗り込む乗客(当日の主役はキハ702

ホハフ3002の車内。ニスの匂いが、昭和の時代を彷彿とさせる。

​吉ヶ原駅舎内の手荷物扱い所今は、記念品の売店

牽引車両の交換で転線作業中のDD13-551画像Re-New! 2018/11/4

白煙を噴き走るDD13-551。4月の

展示運転日は線路沿の桜が・・

​吉ヶ原駅舎内の運賃表。飯岡駅のものか。津山線、弓削、亀甲でなく、誕生寺が興味深い。

「ベント、べんと~」。一息ついて談笑。(吉ヶ原駅ホーム)

「はい、▢」タブレット交換。通票閉塞は、安全運行の基本。

動態保存の車両や、短いながら2駅間を結ぶ線路、保安設備等見どころ一杯です。詳しくは現地で。

資料館には、採掘状況を模した展示等鉱山関連の他、片上鉄道の歴史(高瀬舟、駅舎の写真、出改札機具、安全走行備品等いろいろ・・・。詳しい車両説明や、歴史等記述した冊子「保存車両ガイドブック」も頒布されています。​※資料館内は撮影不可でしたので、コメントのみです。(2016/5/12)

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