作備線は、大正12年津山ー美作追分、津山ー津山口開通でスタート。この時津山駅が開業。大正14年中国勝山まで開通し、今迄対県南への物流の主役であった高瀬舟の衰退が始まった。昭和4年には新見からの作備西線も開業。昭和5年に津山からの作備東線とつながり作備線となった。対阿新圏との流動は元来少ない上、真庭からも県南へは岡山道による為、地域内輸送が主で、特に勝山~新見の利用は少ない。

​院庄

​現在は、待合室部分だけ、交換設備も撤去された棒線駅です。

院庄駅 昭和17年 倉田義夫氏提供

かつての院庄駅は、旅客だけでなく、貨物輸送でも重要な駅であった。奥津方面で生産される、木炭、薪炭や、戦時中は、近くの郡是製糸が製作した飛行機の翼輸送用の大型貨物車輌が出入りした。(「美作の100年」より)

​院庄駅(昭和17年)倉田義夫氏提供

(ご遺族に了解いただきました。)

院庄駅は、津山市院庄にある、作備線が美作落合迄開通した、大正12年8月に開業した駅。現在は、待合室部分だけの駅舎があり、交換設備も撤去されて、津山方向左側に片面1面のホームを持つ棒線駅である。2014年の乗車人数は34人。

 

​美作千代

 
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開業時からの木造駅舎。ポストも円筒形のレトロタイプ

美作千代駅舎内

出札窓口。姫新線の各駅(因美線も)当時の鉄道省の標準だったのでしょうか?

美作千代駅ホーム

ホームから新見方を望む。向う側にホームの跡が残る。

​津山市(旧久米町)領家にある無人駅で、大正12年作備線開通時に設けられ、当時の駅舎が今も残っている。岡山県近代化遺産。かつては2面2線をもつ交換可能駅であったが、現在は駅舎側(新見方面に向かって左側に1面1線の棒線駅。駅舎前の郵便ポストは丸い旧型のものが設置されている。2014年の乗車人数は、50人/日。駅舎には、駅を守る会の掲示がある。

​坪井

坪井駅 新見方

ホームから新見方を望む。

坪井駅 津山方

津山方には構内踏切がある。

​坪井駅は、大正12年、作備線開通時に設けられた駅で、2面2線の交換設備(スプリングポイント)を有する交換駅ですが、駅舎はなく、ホーム上に待合室のみ設けられています。1日の乗車客22人。

 

​美作追分

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​霧に包まれた駅舎

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津山方を臨む

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美作落合方面

​美作追分駅は、大正12年、作備線開通時の終着駅としてに設けられた駅で、現在は棒線化されている弧を描く線路の向かい側にホームの跡が残っている。現在の駅舎は,1996年に建て替えられたログハウス調のもので、河内川から発する濃い霧に因んで、「キリタローの館」と命名されている。当地を訪れた11月初めのこの日も、霧でした。

​美作落合

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​霧に包まれた駅舎

津山方を臨む、対向ホームの待合室

久世方にある跨線橋

​美作落合駅は、作備線が追分から久世に延伸された際に設けられた駅で、現在は、2面2線の交換可能駅。ホーム間は跨線橋で結ばれている現在の駅舎は2005年に建て替えられ和洋折衷調。簡易委託駅で窓口で出札が行われている。周辺は旧落合町の中心。旭川を挟んで対岸の中国道の落合ICがある。利用状況は233人/日の乗車人数。

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